2014年11月10日月曜日

ポーランドの旅 1 1日目、2日目 出発〜ヴロツワフ 14/10/21,22

HISのこのツアーで行ってきました。
1人部屋追加料金が安かったのと、日程的な理由と、
他社のツアーでは入っていなかった「ヴロツワフ」が入ってきたので、
このツアーに決めました。

【ポーランド】 ●添乗員同行● 歴史薫るポーランド8日間

スケジュール

歩く度 徒歩観光がどの程度含まれているか3段階の歩く度数で表しております。(日程表内)

  • 歩く度1 1日の徒歩観光時間が2時間未満
  • 歩く度2 1日の徒歩観光時間が2時間~3時間30分未満
  • 歩く度3 1日の徒歩観光時間が3時間30分以上
徒歩観光はできる限り連続で歩き続けることがないよう休憩などを適宜入れて行程を組んでおります。ただし、歩く度3は1日の観光において、ほぼ徒歩観光となりますことをご認識お願い致します。
マークの説明
 : 入場観光
 : 下車・外観観光
 : 車窓観光
都市時間日程
1日目成田空港成田(21:20)航空便 空路、(ドバイ乗継)空路ワルシャワへ。
機中泊
2日目ワルシャワワルシャワ(10:45~11:30)着。着後、バスヴロツワフへ(349km/約7時間)
ヴロツワフ*夕食にはポーランド風カツレツ コトレットをご用意*
ヴロツワフ泊
3日目
ヴロツワフ08:00小人が住む街ヴロツワフ各自散策(約2時間)
世界遺産◎百年記念会館を車窓観光後、各自散策。
街中に小さな小人の像が数多くある可愛らしい街。
10:00バスチェンストホーヴァへ(171km/約3時間)
*昼食にはポーランド名物スープ ジュレックをご用意
チェンストホーヴァ14:00チェンストホーヴァ観光(約1時間30分)
ポーランド中から巡礼者が訪れる巡礼地
●ヤスナ・グーラ僧院へ。
16:00バスクラクフへ(142km/約2時間30分)
*夕食には煮込み料理 ビゴスをご用意*
クラクフ★ゆとりの3連泊★
クラクフ泊
4日目
クラクフ09:00バスカルヴァリア・セブジドフスカへ(38km/約45分)
カルヴァリア10:00世界遺産カルヴァリア・セブジドフスカ各自散策(約2時間)
年間100万人が訪れる巡礼の街へ。
13:00バスヴィエリチカへ(40km/約45分)
世界遺産ヴィエリチカ岩塩坑入場観光(約2時間30分)
深さ300mの岩塩鉱山に入場します 岩塩抗内の見所を効率良くご案内します。
17:00バスクラクフへ(15km/約30分)
*夕食にはポーランド風ロールキャベツをご用意*
★ゆとりの3連泊★
クラクフ泊
5日目
クラクフ08:30バス オシフィエンチムへ(65km/約1時間30分)
10:30世界遺産アウシュビッツ強制収容所跡観光(約2時間)
負の世界遺産●アウシュヴィッツ博物館、●アウシュ ビッツ第2収容所ビルケナウ跡へ。(注2)
14:00バス クラクフへ(65km/約1時間30分)
オシフィエンチム15:30クラクフ歴史地区観光(約3時間)
ヴァヴェル城、●聖マリア教会、◎中央広場へ。(注4)
*夕食にはポーランド風餃子をご用意*
★ゆとりの3連泊★
★11/25~12/26 クリスマスマーケット開催(注3)★
クラクフ泊
6日目
クラクフ
ワルシャワ
08:00バスワルシャワへ(293km/約6時間)
*昼食には赤カブのスープをご用意*
世界遺産ワルシャワ歴史地区観光(約3時間)
◎ワルシャワのランドマーク文化科学宮殿、◎ワジェンキ公園、◎旧市街広場
◎バルバカン◎旧王宮へ。(注4)
ワルシャワ★デラックスクラスホテル 「シェラトン」バスタブ付のお部屋に宿泊★
★11/23~12/22 クリスマスマーケット開催(注3)★
ワルシャワ泊
7日目ワルシャワ午前ご出発までごゆっくりお過ごし下さい。(チェックアウトは10:00頃)
バス空港へ。
ワルシャワ(13:40)発航空便ドバイ乗継。
機中泊
8日目成田空港成田(17:20)着。
着後、解散となります
 

食事

1日目
2日目コトレット
3日目アメリカンブレックファーストまたはビュッフェジュレックビゴス
4日目アメリカンブレックファーストまたはビュッフェポーランド風ロールキャベツ
5日目アメリカンブレックファーストまたはビュッフェポーランド風餃子
6日目アメリカンブレックファーストまたはビュッフェ赤カブのスープ
7日目アメリカンブレックファーストまたはビュッフェ
8日目

エミレーツってんで期待していたんですけど、
エコノミーなんで、普通ですね。
ファーストはラウンジとかがあるみたいで豪華みたいですけど。

ANAとかの方が、きめ細かいサービスとかの点で言うと上だと思います。
歯ブラシとアイマスクと靴下が入ったノベルティのポーチが付いていました。

今回のツアーは添乗員さん付きということで、
人生初の添乗員さんが日本から着くツアーに参加でした。
HISのカウンターで、添乗員さんから説明を受けて、
バウチャーを受け取り、チェックインカウンターへ。

添乗員さんからの説明の時に両替のことを聞かれまして、
「両替はどうしますか?」って。

で、「ワルシャワの空港のATMでキャッシングします」って言ったら、
「ポーランドは機械が壊れる確立が高いので、
なるべく、ちゃんと人がいるところで、現金でやり取りしてください。

安心のためにも日本で小額でいいのでやっておいてください」
って感じで言われたので、

「きっと、ワルシャワの空港でキャッシングしようとして、
カードのみ込まれて、ツアーに支障をきたしたことがあるんだろうなー」
と思い、「I」カウンターの前当たりにある、
「GPA」がズロチを扱っているってんで、
とりあえず、80ズロチで3020円分両替しました。

3020÷80=37.75
一人なので、着いた日のホテルのチップと、
飲み物代があればいいだろうという感じですね。



































エミレーツは、なんだか、
ボーディングタイムがとても早くて、
普通、エコノミーだと30分前くらいだと思うんだけど、
60分前には始まっていて、
ゲートの近くでプラプラしていたら、
添乗員さんに、最後だよーと呼ばれてしまいました。
30分前の時点でw

空港に飛行機を止めている時間もお金が発生しているから、
だいたいはギリギリだと思うんだけど、
こういうところがエミレーツだったんですかねー。

気がつかなかったのだけど、
JALとのコードシェア便だったみたい。
21:2003:35(翌日)11時間15分-火水----777-300


















トイレに行く回数が多いんで、通路側で!
とお願いしておいてチケットを発券してもらったので、
通路側に座ったんですが、
隣、いませんでした。
3席使い放題。ラッキー!わ〜〜い。
行きの便は結構後ろの席が空いていて、
真ん中の4席を一人で使っている人もいました。
ほぼではなくて、フラットシートもいいところだよ。
行きの方が時間が長いから、体力的にかなり助かった。























↓写真、ぶれぶれですが、ノベルティーです。
















最初のごはん。チキン。
ごはんの上にキャベツが一枚かかっている。
チョコケーキ美味しかった。
















2回目のごはん。
サバ。ごはんの上には、ごはんですよ!的な海苔が。
で、この「がんも」、
「がんも汁ぶしゃ〜〜〜!」してしまったので気をつけてくださいw
















だいたい12時間で経由地のドバイに到着。
無駄に広い空港。
添乗員さんから、乗り換えの説明を受けてから、
解散、自由時間。
ここで、時計を5時間遅らせます。




























乗り換え客が多い空港なので、
横になれるような椅子が沢山並んでいる。
金持ちでもないし、買い物したくもないので、
私もこの椅子で、小一時間くらい睡眠しました。





さて、乗り換えの時間なので、
飛行機乗ります。
7:2511:306時間5分--水木金土-A330-200



















朝食。サンドウィッチにしてね!って感じのやつ。


















ランチ。
ビリヤニだったのか??
メニュー表には、
子羊の炊き込みご飯的な書かれかたしていた。
パウンドケーキにクリームが乗っかっていた
チョコケーキ美味しい。


















ワルシャワに到着。
ここでさらに時計を3時間遅らせます。
私たちが到着した時はまだサマータイムだったので、
7時間の時差ですね。
日本の方が、7時間進んでいます。






























入国にめっちゃ時間がかかりました。
やっぱり、日本の仕事の速さに慣れていると、
海外の遅さにイライラするね。
で、ドバイ経由だったこともあり、
中東系の人も多かったので、かなり時間がかかった。
入国審査の人にめっちゃ怒られてる中東の人と思われる人がいたし。



色々な人のブログで書かれている、
入国審査のところの両替所。
レートいいのか悪いのかよくわからん。
けど、良くない気がする…。
0.0479--0.02000
表示が分かりづらいし!!
















こちらは、荷物のターンテーブルのところにある両替所。

















2.6100--3.1400
ここで両替したかたが、
5000円で、160ズロチだったか、155だったかと思います。
日本でやるよりはレートいいですね。


















↓ATMでおろすタイミングがある方は、
ここにあります。
このツアーでは、多分やろうとすると止められると思います。
荷物を受け取って、外に出て、左の方に行くとこの景色です。
エスカレーターの左側の壁際、
オレンジのカウンターの左側ですね。






















このエスカレーターを上りまして、
上の階からバスに乗ります。
バスを長いこと止めておけないので、
到着して、荷物を取って、
みんなが揃ってから、現地のコーディネーターと連絡を取って、
それから、バスが到着して移動です。

このツアー中は、ずっとこのバスで、
運転手さんも一緒に周遊します。
48人乗り?くらいのでかいバスに18人です。

ちなみにこのツアー、
1人部屋追加料金が安いので、お一人さまが多かったです。

3人(老夫婦と息子さん)
2人(母娘)
2人(熟年の女性の友達)
あとは全員一人参加でした。

若いかたがたは、
「ポーランドに興味があって」って人が多くて、
中年以上の方は、
他のメジャーなヨーロッパは行き尽くして、
あと、行っていないところで、
興味があるところは「ポーランド」的な方が多かったです。

「ヨーロッパ周遊で、少しポーランドに寄ったけど、
ポーランドはまた来てみたかった」って方もいましたね。


















早速、ワルシャワからヴロツワフへ約7時間の移動です。




















田舎道がつづきます。

ポーランドでは、約2時間に一度の休憩が運転手さんに義務づけられていまして、
トイレ休憩をちゃんと取ってくれるのでありがたい。

しかも、15分から20分は取らないといけないみたい。

で、日本みたいに、パーキングエリアとか、道の駅とかはあまりないので、
大きなバスも止まれる、ガソリンスタンドに寄ります。
スタンドの方も、分かっているみたいで慣れっこみたいです。

どこのガソリンスタンドもなのですが、
これから先、すべてそんな感じなのですが、
一つしかトイレがないところが多く、
このツアーは人数が少ないからあまり困りませんでしたが、
時間がかるし、お腹いたかったりしたらアウトですわね。


なんか和風なジュース。
グリーンティーに砂糖が入っている系。

ホテルのベッドメイキングのチップを作らないといけないので、
トイレ休憩の時に水とか買うといいと思います。


















田舎道を行きます。
ちょっと雨ふり。
















途中、ガソリンスタンドがなくて、寄ったレストラン。
新しい。多分、日本人珍しいみたいでビックリされてた。

















すでに、ぼーっとして、ぶれぶれの写真しかない…。
7時間の予定が、8時間くらいかかって、
夕食のレストランへ。

添乗員さん云く、
今回のバス運転手さんはワルシャワの人なんだけど、
かなり、「ナビ」を信用していて、
添乗員さんが、「この道をまっすぐ!」
といっても、ナビが違う道をさしていると、
ナビ通りに行ってしまうらしい。

ナビって、新しい道とか、住宅街とか避けて遠回りする傾向があるから、
この道で大丈夫なのに、行ってくれなくて、時間がかるの、
とのことで、この後の全行程でそんな感じ。

全日、予定表の時間通りに着いた日はなかったww

でも、きっと「ザ•ポーランド人」って感じの方なのか、
無愛想だったけど、話しかけると照れくさそうに笑ってくれたり、
写真を一緒に取ってくれたりしていて、良い人ではありそうでした。



















夕食のお店。
お店の近くにバスが止まれなくって、ぐるぐるしていたら、20:00近かった。

Verona
Pl. Nowy Targ 22/23, Wroclaw, Poland

















ポーランドでは、一応お水は飲めるとのことだったけど、
とりあえず、初日なので出されたお水は飲みませんでした。

食事については、ホテルの朝食以外は基本的に飲み物は別料金なので、
お酒とか飲みたい人は、多めに両替したらいいと思います。


チーズのサラダとパン。
























チキンフィレのカツレツと、マッシュポテト、
ザワークラウト。

















デザートはアイス。


















移動してチェックイン。
CAMPANILE WROCLAW STARE MIASTO(カンパニール ヴロツワフ ステア ミサト)

この時点で21:30くらいになっており、
本当は、夜の街を散歩したかったんだけど、
雨も降っていたので、おとなしく寝ることにしました。

小さなホテルだったので、特になにもなかったなー。

で、私が泊まった「106」号室は、
1階で、駐車場に面していたんだけど、
なぜか、もーーーっのすごく臭くて、
外人の汗臭いおっさんのにおいがしました。

部屋を買えてもらうのも面倒だし、疲れていたので、
気にしないようにして寝ましたが、
次の日に別の部屋の人に聞いてみたら臭くなかったとのこと。

この部屋だけだったようだorz

あと、ドライヤーも壊れてた!



















リノベーションした感じのホテルですね。
ケトルとお茶セットがありました。


















つづく〜〜

2014年10月7日火曜日

名画座フェスティバル




飯田橋のラムラに寄ったら、

名画座フェスティバルなるものを催していました。

ギンレイホールのイベントの一環で、
ラムラでも展示とイベントをやっていたみたいです。

古い映写機が飾ってありまして、
先日閉館した、吉祥寺バウシアターで保存されていたものもあったよ。

映写機とか詳しくないので分からないですが、
相当に歴史があって貴重なものなんでしょうね。

昔の映画のジャケットなんかも味があってよかった。














































夜には上映会などもやっていたみたいですね。







ラムラから移動して、
東京大神宮に行ったら、
ちょうど結婚式が行われていました。

あやかりたい。







2014年10月6日月曜日

チューリッヒ美術館展

チューリヒ美術館展―印象派からシュルレアリスムまで























全体的にワタシ的にはなんだか不発。

「すべてが代表作」で、
モネの睡蓮も大作なんだけど、
完成度の低いものが多かった印象。

そんな感じでしたが、
シャガールの作品はよくって、
「戦争」に引き込まれたので、
ポストカードを購入しました。











2014年10月5日日曜日

ヤン・カルスキ 「私はホロコーストを見た」 シンポジウム


ヤン・カルスキ 生誕100周年記念 シンポジウム 

私はホロコーストを見た ヤン・カルスキの黙殺された証言


ヤン・カルスキ 生誕100周年記念 シンポジウム

イベント, その他
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ヤン・カルスキの黙殺された証言 「私はホロコーストを見た」 シンポジウム
2014年9月27日(土) 15:00 (14:00開場)
青山学院大学17号館6階  本多記念国際会議場
パネリスト: C. シュピルマン、池内紀、國分俊宏、割田聖史
http://instytut-polski.org/event/4872/

ポーランドにおいて2014年は「ヤン・カルスキ年」。20世紀の最も傑出したポーランド人の一人で第二次世界大戦の英雄、諸民族の中の正義の人、アメリカ合衆国市民、イスラエル名誉市民、そして今日一般的な定義によれば、「ホロコーストを押しとどめようとした人間」であった彼。ヤン・カルスキの黙殺された証言に、耳を傾けてみませんか。

事前予約: 青山学院の学生は karski100@sccs.aoyama.ac.jp より。
他校の学生及び一般の方は、氏名・住所・電話番号・年齢・職業をご明記の上、
下記サイトからご応募ください (件名に「ヤン・カルスキ  シンポジウム参加希望」と記入):
tokio@instytutpolski.org
お問い合わせ: ポーランド広報文化センター Tel. 03-5794-7050 

シンポジウムの登壇者

クリストファー W.A. スピルマン/ Christopher W.A. Szpilman
1951年、「戦場のピアニスト」のモデルになったピアニスト、ヴワディスワフ・シュピルマンの長男としてポーランド、ワルシャワに生まれる。18歳でイギリスに渡り、ロンドン大学日本語学科卒業、エール大学で日本近代政治思想史専攻。その後、1995年に日本での教員生活をスタートする。拓殖大学客員教授を経て、2005年から九州産業大学国際文化学部教授。著書に「満川亀太郎書簡集-北一輝、大川周明、西田悦らからの書簡」論創社(共編著)など。

池内 紀 (いけうち・おさむ) 
1940年、兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。主な著書に「ゲーテさんこんばんは」(桑原武夫学芸賞)、「海山のあいだ」(講談社エッセイ賞)、「二列目の人生」、「恩地孝四郎」(読売文学賞)などがある。訳書は「カフカ小説全集」(全6巻、日本翻訳文化賞)、「ファウスト」(毎日出版文化賞)など。山や旅、自然にまるわる本も多い。

國分 俊宏 (こくぶ・としひろ)
1967年、和歌山県海南市生まれ。早稲田大学第一文学部卒、同大学院文学研究科修了。専門は現代フランス文学。訳書に、フランソワ・ボン「ローリング・ストーンズ ある伝記」、ロベール・マッジョーリ「哲学者たちの動物園」、アンヌ・ヴィアゼムスキー「少女」などがある。青山学院大学国際政治経済学部教授。

割田 聖史 (わりた・さとし)
1972年、埼玉県生まれ。専門はドイツ・ポーランド近代史。19世紀のプロイセン=ドイツ領ポーランドを対象に研究を行っている。著書に「プロイセンの国家・国民・地域-19世紀前半のポーゼン州・ドイツ・ポーランド」(有志舎、2012年)がある。青山学院大学 文学部 史学科 准教授。
10月にポーランドへ行く予定を立てたので、
すこしでもポーランドのことを知りたいなと思い参加してきました。

2時間は短かったなと。
間に10分くらいの休憩を入れて、
3時間でも良かったのではないかな。

ツィリル・コザチェフスキ 駐日ポーランド共和国大使の挨拶もあり、
とても興味深い内容となっていました。






















「戦場のピアニスト」のモデルとなったヴワディスワフ・シュピルマン氏の長男、
クリストファー・シュピルマン氏は、
「僕にとって父は英雄ではなかった。運がいい男だった。
周りも良き人物に恵まれ、裏切られることもなかった。
沢山の人に助けられた父は、運がいい人だったってことだが、
ヤン・カルスキは、『真の英雄だ』」と話されていました。


以下メモ。

「カルスキは、たくさんの犠牲のもと、助けてくれた人によって生きている」 

「英雄を必要と知る時代は不幸な時代だ」

「国はなくなっても政府は存続する。目には見えないポーランドがあった」

「ポーランド人の中に強い反ユダヤ意識がある(映画シュアー)←これはデマだよ!」

「ドイツ人もナチスも、恐怖を主体とした協力な力、政治構造。
恐怖の前線にいた軍人たちはこの構造の中で働くしかなかった。
集団の中で出世競争をする。自由を許さない。
命令されたことをやっただけ、義務だった。やらないと死刑」


「私はホロコーストを見た」は、自分の記憶だけで書かれた。

「実在の人物をカモフラージュして描かないといけない」
「ソ連を批判してはならない」
「アメリカでの出版には制約がある」この3重苦があった。


ホロコーストを語ることは出来るのか?
→受けた方は、死んでいる。話したがらない。やった方は話したくない。
→語ったのが、「ヤン・カルスキ」や「スピルマン」だった。
























いただいたホロコーストについての資料が、
とっても分かりやすいので、張っておきます。
























終わってから、片付け始めているところだったけど、
国連ビルのところでやっていた、
ファーマーズマーケットを初めてのぞいてみた。
ちょーいいね。
空心菜はお安くしてもらえなかったけど、1束150円。
満願寺唐辛子は250円。
お米は、マスで山盛り3杯分と、おまけで一杯分で300円!

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