2019年5月15日水曜日

江戸の街道をゆく展


江戸時代、幕府によって整備された街道には、さまざまな人や行列が往来し、活気にあふれていました。なかでも将軍や姫君たちのそれは、長大で沿道の人々を圧倒しました。将軍は上洛や日光東照宮への参詣(日光社参)で諸大名を引き連れ、自らの権威を誇示しました。また、将軍家の御台所となる姫君は、将軍との婚礼が決まると、莫大な費用をかけて制作された婚礼道具などを携え、主に中山道を通って京都から江戸へ下向しました。
 本展覧会では、将軍の上洛と日光社参、姫君たちの江戸下向に関わる資料を通して、「江戸の街道」における旅路をたどります。風景や道の姿は変わっても、先人たちが通った街道は現代の私たちにとってもなじみの深い道となっています。過去から現在まで続く街道の歴史をご覧いただけましたら幸いです。

■展示資料目録 展示リストは、こちらからダウンロードできます。





実家が日光なのでね。
これは見ておかねばと。
























日光詣でのパートは余り展示量が多くなかったけど、
 こちらが見れただけでも良かった。









 将軍家光の日光社参
「日光東照社参詣図屏風」江戸時代前期
[5月28日(火)~6月16日(日)は複製を展示]




























2019年5月14日火曜日

鳥居清長展

第8回 鳥居清長忌展覧会架橋360年記念
二日間だけの両国橋ワンダーランド

2019年5月11日(土)・12日(日)10:00 ~ 17:00(16:30 最終入場)
回向院 念仏堂

江戸文化の中心であった回向院は、同じく江戸文化において重要な役割を担った絵師、鳥居清長が眠る場でもあります。北斎、広重らと並ぶ六大浮世絵師として世界から高い評価を受ける清長は、現在私たちが見てもハッとするような、新鮮で美しい浮世絵を描き続けました。特に彼の描く、すらり長い手足を持つ八頭身の女性たちは「江戸のヴィーナス」と称され多くの人に愛されています。
清長ゆかりの回向院で、彼の生んだ美に触れてみてはいかがでしょうか。




















江戸東京博物館の
2019年04月27日(土)〜06月16日(日)
特別展「江戸の街道をゆく~将軍と姫君の旅路~」

を見に行かなきゃ!って思っていて、
そういえば回向院って行ったことなかったな、
と検索したら、なんと!
ちょうどこの展覧会があるっていうことで行ってきた。

我ながらナイスタイミング!




回向院へ行く途中の吉良邸の門あと地。




















本所松坂町公園 吉良邸跡



















そして回向院。





















都会にありがちな近代的なお寺だった。
「The本堂」みたいな感じではない、
普通のお屋根の建物で椅子が置いてあるタイプ。



展示の方は、本堂のお隣の社務所的な建物の中で。

法要終わりの檀家さん的な方々で大賑わい。
写真撮影不可だったので、入口のみです。

無料としてはなかなか良い展示ではないでしょうか。
でも、 鳥居清長の作品数は思ったよりも少なかった。

たとえ、お墓がここにあるとしても、
作品を多く所蔵するにはお金が必要だしなー。



















鳥居清長のお墓。別格。




















鳥居清長以外の
有名人のお墓もたくさんあるので見学。


鼠小僧。




















気持ちよさそうに眠るにゃんこさん。



















このにゃんこさんの寝ている向かい側には、猫塚。

「猫に小判」のモデルとなったねこちゃんのお墓もある。

飼い主である魚屋が病気になったため、主人を助けようと、飼い猫が何度も小判を盗み、打ち殺された。病気が治った魚屋はそれを知って嘆き悲しみ、猫塚を作って供養した。以後、回向院には動物の供養を望む人が訪れるようになった。











山東 京伝のお墓があるはずなのに、
ないなーないなーと探したら、
本名で祀られていたのね。
しかもなんのお知らせ看板的なものもなく。 


岩瀬醒(京伝)、岩瀬百樹(京山)
































猫に小判のやつ。堂内にあったよ。






















泣き龍。
手をたたくとちゃんと響きました。





































その道の方々には大変有名な、
加藤 千蔭 のお墓もありますよ。















2019年5月12日日曜日

ウィーン・モダン展


日本・オーストリア外交樹立150周年記念
ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道

https://artexhibition.jp/wp-content/themes/art-exhibition/assets/wienmodern2019/pdf/catalog.pdf



















メインビジュアルにも採用されているこちらの作品だけ撮影可能でした。








【公式】クリムト展 ウィーンと日本1900



やっぱり、クリムト展と対で見ると面白味が増しますね。
っていうか、クリムト展に全部まとめて欲しいわ、
ってのが、正直なところよね。



クリムトの出展数が47点ってすごいなと思ったら、
ほぼほぼデッサンの数でした。
しかも、エロおやじ炸裂なものばかりでワロタ。




↓こちらの作品。

3-2-5 
ハンス・マカルト 
ドーラ・フルニエ=ガビロン 
1879-80 年頃 Wien Museum, Inv. No. 47.937







こんな感じで明らかに、
顔の部分をナイフで傷をつけたような跡が見受けられたんですよね。













上にアップしてある絵画の画像を大きくすると、
このデータ上でもはっきりわかるかと。

で、聞いてみたんですよ。その場にいた係の方に。
「顔にわざと入れたような傷が入っているように見えますが、
なにか謂れとか、修正などが入ったとかがあるのですか?」と。

無線を入れて調べてくれたのですが、
「特にないもないです。経年劣化とのことです」と。

えぇ~~~~。明らかに意図的に見えるんだけど。

諦められずに 、総合受付のところで食い下がってみたら、
「その質問、私たちも無線で聞いていたのですが、
『経年劣化の可能性があるかも・・』的なニュアンスです」と。

「通常、傷とかがあった場合、
貸し出しの際に詳細を明記したうえで契約書を結ぶと思うのですが、
そういうのに記載もなかったということですか?」

と再度食い下がってみたけど、「解らない」ってことでした。

しかも、この質問、私が初だとも。

えっ、まじで。

腑に落ちないよー。

2019年5月6日月曜日

クリムト展


検索結果

ウェブの結果(サイトリンク付き)


















○みどころ
1. 過去最大級のクリムト展
初期の自然主義的な作品から、「黄金様式」の時代の代表作、甘美な女性像や清々しい風景画まで、日本では過去最多となるクリムトの油彩画25点以上を通して、その芸術の全容に迫ります。
2. 《女の三世代》、初来日
円熟期のクリムトが手がけた《女の三世代》(ローマ国立近代美術館所蔵)が初来日します。銀などの素材が用いられたクリムトならではの繊細な技法と装飾的な表現を、この機会にご堪能ください。
3. 世紀末ウィーンと日本
19世紀後半のヨーロッパでの流行を受け、ウィーンでも日本美術が人気を博し、その表現やモティーフが美術に取り入れられました。日本美術に影響を受けたクリムトや同時代画家たちの作品とともに、彼らに影響を与えた日本の美術品を展示し、美術におけるウィーンと日本とのつながりを明らかにします。




【公式】クリムト展 ウィーンと日本1900




















ウィーンの分離派会館の壁画の再現展示
(ベートーヴェン・フリーズ)は見応えあり。
建物の模型もあって、見比べられるのもいいね。






グスタフ・クリムト『アッター湖畔のカンマー城III』 1909/1910年 油彩、カンヴァス 110 x 110 cm ウィーン、ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館 ©Belvedere, Vienna, Photo: Johannes Stoll


1900年から1916年にかけて、
クリムトは愛人エミリー・フレーゲ(Emilie Floege)と共に、
定期的にアッター湖(Attersee)にやってきては、
ウィーンの喧騒を離れて静かな生活を送っていたとのこと。


ザルツブルクからハルシュタットに行ったときに、
ヴォルフガング湖 (Wolfgangsee)にはちょっと寄ったのよね。
この辺りってことね。いいところ。
























もう一回行ってもいいなって思うくらいには良かった。

多分行くね。

2019年5月5日日曜日

北斎のなりわい大図鑑


北斎のなりわい大図鑑

2019年4月23日(火) 〜 2019年6月9日(日)
本展では、北斎の新発見の肉筆画「蛤売り図(はまぐりうりず)」をはじめとした、北斎一門により江戸時代の生業(なりわい)が描き出された作品を展示します。
なりわいとは一般的に、生活をするための仕事を意味します。生活にむすびついている仕事はその社会のありかたを映します。江戸時代には、現在ではなじみのなくなってしまった職業がある一方、現代の商売のルーツになる生業も存在します。北斎の作品には、江戸時代の様々な働く人々が描かれています。仕事に注目して制作された作品もあれば、景色の中に登場することもあります。働く人々に向けられた北斎のまなざしを通して、江戸の生業をご紹介します。





















オープン当初からかなりの混雑で、
空いてきているって言うことも聞かないし、
なかなか行くタイミングを見つけられなかったんだけど、
今回の企画展のテーマが面白そうだったので、行ってみた。

GW前半だったけど、夕方に行ったので、
そこまで混んでいなくてあまりストレスなく見られて良かった。

海外の人もかなり沢山いて、
北斎って人気なんだなと改めて思わされる。


企画展は撮影不可で、常設展はOKでした。

企画展の方は、
江戸時代の様々な職業が知れて面白かったし、
今でも受け継がれているものもあればなくなっている仕事ももちろんあって、
今の世の中でも、
「◯◯年後なくなる職業特集」とかが雑誌とかネット記事とかであるけど、
結構考えさせられる。

伝統工芸とか芸術としては残っているけど、
そもそも浮世絵師って「職業」もだし。


常設展の方は、北斎の一生を紹介している展示なので、
常設展だけではやはりものたりないので、
気になる企画があるときに行ったほうがいいですね。






















この人形、時々ちょっと動く。こわい。










榛馬場[はんのきばば]・
榛稲荷神社 に寄ってみました。

 天保年間(1830年から1844年まで)の末頃、北斎は娘のお栄と本所亀沢町の榛馬場に移り住みました。北斎の弟子が、住まいでの親子の様子を絵に残しています。


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