2018年11月13日火曜日

バルト三国の旅 2018 19 HOTEL VIRU & KGB MUSEUM




トラムに乗ってヴィル門近くに移動しました。
 























トラムを降りたら目の前にマーケットがあったので、
次の予定の時間までぷらぷら。

Viru Turg



















顔ハメ大事。

























時間になりましたのでこちらへ。

Hotel Viru and KGB Museum
ネットで、KGB Museumの11:30からの英語のツアーを予約していました。



















11:00ごろに行ったんだけど、
受付がどこかが分からなくって、
ホテルのフロントに人に聞いたら、
「時間になったら受付カウンターが用意されるから待っていて」
とのこと。

ホテルのロビーで待っていると、
11: 25くらい、5分くらい前になったところで、
受付カウンターを出して受付が始まりました。

ここでお金を払います。12ユーロ。

カード払いもできたよ。

↓簡易カウンターが出てきた。





















さて、予約者全員の受付が終わったら、ホテルの最上階へ。

通常のエレベーターとは違う、隠しエレベーター。
移動中と階段部分は撮影禁止でした。
























22階まではエレベーターで、
その先は階段で上がります。




























秘密の23階のバルコニーから景色を見ることができます。
景色は抜群です。

























景色を見たら、スパイ部屋に移動して説明を受けます。


KGB職員の事務部屋。






























盗聴装置部屋に移動。

































スパイ道具の説明。






















爆弾を隠した小銭入れ。

















当時の写真。









当時のホテルのパンフ。
一応23階の表記があるんだよな・・。









1時間ほどでツアーは終了です。


もっとちゃんと、博物館として整備してあるのかと思ったら、
スパイ部屋が2室だけ。
展示はされているけど、
当時のまま放置されているのを見せられている感じ。

逃げるように去って行ったそのままってことで、
それがいいのかもしれない。

正直「えっ?あっ、これだけなのね」って感じで、
少し不完全燃焼ではあったけど、まぁ面白かった。
もっと英語が理解できればなー。

でも、KGBに本当に興味がある人以外には、
12ユーロは高すぎかと思う。




karapaia.com/archives/52200093.html

2. ホテルに盗聴専用の階を設置

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 冷戦期、KGBの盗聴技術は非常に優れていた。あるホテルなどは一階丸ごとが盗聴マイクによって監視されていた…20年間もだ。

 1970年代、ソ連の衛星国エストニアが観光地として人気を博すようになった。ソ連はこれを経済立て直しのチャンスと見たが、KGBは外国人をスパイするチャンスだと見た。1972年、KGBは国際ビジネスマンがよく宿泊していたホテル・ヴィルの頂上階に高性能盗聴器を仕込んだ。

 ホテルの60室は常時盗聴器され、他の部屋もいつでも盗聴することができた。ホテル・ヴィルは外から見ると22階建てに見えるが、実は23番目の階が極秘に存在したのだ。ここからKGBのエージェントは各部屋の宿泊客を監視することができた。これはソ連が崩壊する1991年まで続けられている。

 これ以外にも、例えば、1945年の行事で子供が駐ソ連アメリカ大使にアメリカの国璽を掘った木製の盾をプレゼントしたが、これには盗聴器が仕込まれていた。このような具合に、KGBはあの手この手で人々の会話を盗み聞きしようとしていた。









〜つづく〜


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